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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)685号 判決

上告人

川邉慶子

柴田靖子

右両名訴訟代理人弁護士

辰口公治

小川征也

岩下孝善

被上告人

宮本三夫

右訴訟代理人弁護士

高場茂美

高場一博

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人辰口公治、同小川征也、同岩下孝善の上告理由について

一  本件は、上告人らが被上告人に対し、遺留分減殺を原因として、第一審判決別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の所有権及び共有持分の一部移転登記手続を求め、また、被上告人が上告人らに対し、本件不動産の所有権及び共有持分を有することの確認を求めた事案であり、上告人らが、減殺すべき遺贈があったことを知った時から一年の間に遺留分減殺の意思表示をしたか否かが争われているものである。

原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  宮本延子は、平成五年一一月一〇日に死亡した。延子の相続人は、実子である上告人ら及び同年三月一一日に延子と養子縁組をした被上告人である。

2  延子は、昭和六三年七月二〇日付け公正証書遺言をもって、本件不動産の所有権及び共有持分を含む全財産を被上告人に遺贈していた。

3  上告人らは、平成六年二月九日、延子の遺言執行者から右公正証書の写しの交付を受け、減殺すべき遺贈があったことを知った。

4  上告人らの代理人である小川征也弁護士は、同年九月一四日、被上告人に対し、「貴殿のご意向に沿って分割協議をすることにいたしました。」と記載した同日付けの普通郵便(以下「本件普通郵便」という。)を送付し、被上告人は、そのころこれを受領した(なお、被上告人は、第一審において、本件普通郵便が遺産分割協議を申し入れる趣旨のものであることを認める陳述をしている。)。

5  被上告人は、本件普通郵便を受領した後、相談のために平野隆弁護士を訪れ、遺留分減殺について説明を受けた。

6  小川弁護士は、同年一〇月二八日、被上告人に対し、遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便(以下「本件内容証明郵便」という。)を発送したが、被上告人が不在のため配達されなかった。被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知ったが、仕事が多忙であるとして受領に赴かなかった。そのため、本件内容証明郵便は、留置期間の経過により小川弁護士に返送された。

7  被上告人は、同年一一月七日、小川弁護士に対し、多忙のために右郵便物を受け取ることができないでいる旨及び遺産分割をするつもりはない旨を記載した書面を郵送しており、本件内容証明郵便の内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していた。

8  小川弁護士は、平成七年三月一四日、被上告人に対し、上告人らの遺留分を認めるか否かを照会する同日付けの普通郵便を送付し、被上告人は、遅くとも同月一六日までにこれを受領したが、この時点では、既に平成六年二月一〇日から民法一〇四二条前段所定の一年の消滅時効期間が経過していた。なお、上告人らは、終始、前期遺贈の効力を争っていなかった。

二  上告理由一は、本件普通郵便による申入れが遺留分減殺の意思表示を包含するか否かの争点に関するものである。

1  原審は、この点につき、被上告人は本件普通郵便を受け取る前に上告人らから遺留分減殺の意向を示されておらず、本件普通郵便の内容は、極めて簡単なものであって、上告人らが遺留分減殺請求権を行使することについては全く触れられていないから、遺留分減殺の意思表示を含むものとはいえないと判断した。

2  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(一)  遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上、遺留分減殺によるほかないのであるから、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。

(二)  これを本件について見るに、前記一の事実関係によれば、延子はその全財産を相続人の一人である被上告人に遺贈したものであるところ、上告人らは、右遺贈の効力を争っておらず、また、本件普通郵便は、遺留分減殺に直接触れるところはないが、少なくとも、上告人らが、遺産分割協議をする意思に基づき、その申入れをする趣旨のものであることは明らかである。そうすると、特段の事情の認められない本件においては、本件普通郵便による上告人らの遺産分割協議の申入れには、遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。

(三)  以上と異なる原審の判断には、遺留分減殺に関する意思表示の解釈を誤った違法があるといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は、理由がある。

三  上告理由二は、本件内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示が被上告人に到達したか否かの争点に関するものである。

1  原審は、前記一の事実関係の下において、次のとおり判示して、右意思表示の到達を否定した。

すなわち、本件普通郵便を受け取ったことによって、被上告人において、上告人らが遺留分に基づいて遺産分割協議をする意思を有していると予想することは困難であり、被上告人としては、小川弁護士から本件内容証明郵便が差し出されたことを知ったとしても、これを現実に受領していない以上、本件内容証明郵便に上告人らの遺留分減殺の意思表示が記載されていることを了知することができたとはいえない。そうすると、本件内容証明郵便が留置期間経過によって小川弁護士に返送されている以上、一般取引観念に照らし、右意思表示が被上告人の了知可能な状態ないし勢力範囲に置かれたということはできず、また、上告人らとしては、直接被上告人宅に出向いて遺留分減殺の意思表示をするなどの他の方法を採ることも可能であったというべきであり、上告人らの側として常識上なすべきことを終えたともいえない。さらに、被上告人において、正当な理由なく上告人らの遺留分減殺の意思表示の受領を拒絶したと認めるに足りる証拠もない。

2  しかしながら、原審の右判断も是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(一)  隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法九七条一項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和三三年(オ)第三一五号同三六年四月二〇日第一小法廷判決・民集一五巻四号七七四頁参照)。

(二)  ところで、本件当時における郵便実務の取扱いは、(1) 内容証明郵便の受取人が不在で配達できなかった場合には、不在配達通知書を作成し、郵便受箱、郵便差入口その他適宜の箇所に差し入れる、(2) 不在配達通知書には、郵便物の差出人名、配達日時、留置期限、郵便物の種類(普通、速達、現金書留、その他の書留等)等を記入する、(3) 受取人としては、自ら郵便局に赴いて受領するほか、配達希望日、配達場所(自宅、近所、勤務先等)を指定するなど、郵便物の受取方法を選択し得る、(4) 原則として、最初の配達の日から七日以内に配達も交付もできないものは、その期間経過後に差出人に還付する、というものであった(郵便規則七四条、九〇条、平成六年三月一四日郵郵業第一九号郵務局長通達「集配郵便局郵便取扱手続の制定について」別冊・集配郵便局郵便取扱手続二七二条参照)。

(三) 前記一の事実関係によれば、被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り(右(二)(2)参照)、その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり、さらに、この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると、被上告人としては、本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また、被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって(右(二)(3)参照)、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。

(四)  以上と異なる原審の判断には、意思表示の到達に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨も、理由がある。

四  以上のとおり、原判決はいずれの点からしても破棄を免れず、上告人らが被上告人に対して遺留分減殺の意思表示をしたことを前提として改めて審理をさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人辰口公治、同小川征也、同岩下孝善の上告理由

一、原判決は普通郵便による遺留分減殺の意思表示につき法律の解釈を誤った違法があり、その判決に影響を及ぼすことは明白である。

上告人ら代理人小川征也弁護士(以下小川弁護士)は、上告人らを代理して被上告人に対し、遺留分減殺の意思表示を包含する手紙(甲六号証)を平成六年九月一四日に発信し、数日内に被上告人は右書面を受領したのであるが、原判決は右書面には遺留分減殺の意思表示を包含しないと判断した。右判断は以下に述べるとおり法律の解釈を誤ったものである。

1.遺留分制度

遺留分制度は、相続財産の一定割合について、被相続人の自由な意思による処分を制限し、それを相続人のために保障しようという制度であり、この制度は、遺言などによる相続財産の処分の自由と法定相続人の相続財産に対する権利との調整・妥協として生まれたものであり(山崎勉・判例タイムズ六八八号三九頁)、その調整・妥協の具体化として遺留分という一定割合が法定されているのである。したがって遺留分に対する認識として重要なことは、遺言など被相続人の財産処分があったことの認識と、その場合にも一定の法定相続人に相続財産の一定割合が保障されていることの認識である。たとえば、ある者が遺留分を知っていたかどうかを判断する場合、その者が、被相続人が遺言などの財産処分をしたこと、しかし一定の相続人に相続財産の一定割合が保障されることを認識していれば、それで必要かつ十分であって、その保障される一定割合を法律上遺留分とよぶことや保障される一定割合を算出する計算式を知っていたか否かを考慮する必要はない。被上告人が相談にいった平野隆弁護士も、遺留分減殺について「簡単に言えば、何分の一ずつだよ」と教え、計算式は教えなかったというが(被控訴人本人調書――以下、本人調書という――一二八)同弁護士もそれで十分だと考えたのである。

2.原判決の認定

原判決は「弁護士に相談に行って、そこではじめて遺留分減殺という言葉を聞いたが、その計算式等の遺留分減殺の詳しい内容は聞いていない」との被上告人の供述を信用し、またそれを重要な根拠として、被上告人が甲六号証の手紙を受け取ったとき、右手紙を遺留分に基づく遺産分割協議の申入と認識しなかったと認定しているが、前述のとおり遺留分を認識するうえに、遺留分減殺という言葉や遺留分の計算式を認識する必要は全くなく、原判決の右判断は誤りである。また、原判決が被上告人が遺留分の計算式を知らなかったと認定しているのも失当である。後述するとおり、被上告人はつとに上告人らが宮本延子(以下延子という)の相続財産につき各六分の一の権利を保障されていることを知っていたのである。また後述するとおり被上告人は世間常識が豊かで、理財に敏感な人物であり、また戦後の民主教育を受けた人間であるから、相続人として子が三人であれば通常の相続分は各三分の一均等であることを知らない筈はない。そうすると上告人らの権利が六分の一であるということは結局法定相続分の二分の一を保障されているということは直ちにわかるのである。全く簡単な計算であり、計算式などというほどのものでもないのであり、以上の事実認定につき原判決は著しく経験則に反している。

3.被上告人の遺留分に対する認識

(一) 被上告人は遅くとも平成六年一月初めに延子がその全遺産を自分に遺贈するという遺言をしたことを知った(本人調書六七)。

もっとも、被上告人の右供述は虚偽であり、被上告人はもっと前に遺言の内容を知っていたのである。被上告人の主張(被告第三準備書面七頁3以下)によれば、「原告両名は、一一月一一日の前夜式の席上において、この家や屋敷はどうされるのですか、と聞いたので、被告三夫は、母の遺志で私が貰ったので、これを尊重して出来る限りここで商売を続け当分の間処分は考えません、と返答しておいた」、「原告両名は、一一月一二日の告別式終了後、千鳥町の自宅における会話の中でも再度右と同じ質問をし、これに対し被告三夫は前日と同様の回答をしておいた」というのであり、被上告人の小川弁護士宛の手紙(甲一六号証)も明白に右主張を裏付けている。このように被上告人は遅くとも平成五年一一月一一日の延子の前夜式の時点で、遺言の内容を知っていたにかかわらず、何故虚偽の供述をしてまで知った時期を遅らせなければならなかったのか?それは、延子の死亡の二〇日後に本件不動産につき遺贈を原因とする移転登記を完了したことについて、上告人が「あまりに早過ぎる」(平成八年一〇月二三日付控訴人準備書面一九頁)、「理財に敏感な人」(同準備書面九頁)と主張したことが、被上告人の本質を衝くことになったからである。被上告人としては、金銭欲のつよい自分の実体を覆いかくさねばならないために、移転登記のときには、遺言の存在を知らなかったということにしておかなければならなかったのである。被上告人は、この移転登記について、「その時点では全然知りませんでした」(本人調書六五)と供述しているが、遺言執行者が指定されている場合の遺贈を原因とする移転登記手続は受遺者(被上告人)と遺言執行者が共同申請するのであり、実際被上告人は右手続を司法書士に委任している(甲二七、二八号証)。また右登記に要する費用は登録免許税だけで四二万円以上かかるのであり(甲二九号証)、これを遺言執行者が受遺者の知らぬ間に支払うことなど考えられない。被上告人の右供述は明らかに虚偽である。

(二) 被上告人は、遅くとも平成六年一月初めに、杉田泰壽から上告人らに六分の一ずつ上げる分があるということを知らされていた(本人調書七一、七二)。甲二〇号証(五枚目)によると、被上告人が「川邉・柴田両名に就いては実子であるというが故に六分の一に私の人間味を付加してプラスアルファ」を分割する意思であったことが認められる。すなわち被上告人は、自分に全財産を遺贈するという延子の遺言が存在すること、延子の子としては自分のほかに実子である上告人らがいること(本人調書三三、八五)、右のような遺言があっても実子らには六分の一ずつ分割しなければならないことを認識していたことは明らかである。

まさにこれこそ遺留分を認識していたということにほかならない。

右のとおり、被上告人は上告人らに遺留分があることを認識していたばかりか、実際遺留分に基づいて分割する意思のあることを他人に明言してさえいた。延子の妹であり上告人らの叔母である浅野百合子に対し、そう明言していたのである(甲第二〇号証の五、六枚目)。さらに被上告人は、分割の方法として、具体的には四、五年後に本件不動産を売却して現金で分割する方法を考えてもいた(本人調書七五、一一七)。このように、被上告人の遺留分に対する認識は具体的かつ確定的であった。

なお、右杉田は元安田信託銀行行員で(被告第三準備書面三頁)、行政書士、社会保険労務士、不動産コンサルタントを営む者であり(乙九号証)、本件のように簡単な遺留分のケース(事実上遺産としては本件不動産しかないのであるから、要は遺留分の割合だけである)においては適切な相談相手であった。そのうえ、被上告人は後述のとおり相当の学識を有する人間であり、したがって杉田に相談していながら、遺留分という言葉を知らなかったなどという被上告人の供述はとうてい信用できない。

4.交渉経過

上告人らは、平成六年一月一九日、延子の納骨も済んだので、財産のことはきちんと決まりをつけておいた方がよいと考え、その旨被上告人に電話したところ、遺言を見せるというので、二月九日被上告人宅へ赴き、遺言公正証書の写しを受け取った。これらの上告人らの行動は、遺産に対し相続人としての権利を主張することを明確にしている。

遺言が出てきたため、上告人らは遺産分割の件を小川弁護士に依頼し、同弁護士は被上告人に対し、上告人らより依頼を受けた旨を伝え、被上告人に四月六日弁護士事務所に来てもらった。この時の主たる用件は、養子縁組の経緯を聴くことと財産目録の調製を依頼することであったが、そもそも上告人らに遺産を取得する意思がなければ、弁護士を依頼することはないし、右の主たる用件が遺産の範囲と割合を決めるためのものであってみれば、上告人らに請求の意思のあることは何人の目から見ても明らかであろう。

同年六月一日、被上告人に代わって前記杉田が弁護士事務所を訪れ、財産目録を提出し、預金等は借入債務等があって殆んど残高がなく、遺産としては本件不動産しかない旨の説明がなされた。

養子縁組の件については、縁組届が延子の老人性痴呆症が相当進行していた段階(甲二二号証)で届出られているので、平成六年四月六日の会談で小川弁護士は一応無効であるとの見解を示したが、なお、被上告人の方でも検討、相談してみるということでその日は終った。その後被上告人から連絡がないので、小川弁護士は同年六月一日付の手紙(甲一八号証)で「ご多忙のところ恐縮ですが、なるべく早くご返事くださいますようお願いいたします」との催促状を出したのである。右のとおり、上告人側として引き続き分割請求を前提とする行動をとっていた。

しかして、右催促状に対し、被上告人より小川弁護士に、弁護士に相談したところ「養子縁組は有効であるとのご教示を得ています。その旨を以て私の回答とさせていただきます」との返事(甲一九号証)が届いた。

そして、右の被上告人の返事に対し、小川弁護士が差し出したのが甲六号証の手紙であり、右手紙は被上告人の甲一九号証の手紙に対する応答である。

甲六号証の手紙は、冒頭に「遺産分割の件」として用向きの主題を掲記し、本文は「当方は、協議の結果、貴殿のご意向に沿って分割協議することにいたしました。つきまして、具体的にどのように処理するかを話し合いたいので、当方にご連絡のほどお願い申し上げます」と書かれている。すなわち、「分割協議をすることにいたしました」という文言は上告人らが遺産分割協議をする意思を有することを明示し、「具体的にどのように処理するかを話し合いたい」という文言は具体的にどう分割するかを話し合いたいという意向を明らかにしているのであるから、これらの文言が遺産分割協議の申入であることは異論のないところであろう。

次に「貴殿の意向に沿って」という文言であるが、前述のとおりこの手紙は甲一九号証の手紙に対する回答であり、甲一九号証は「養子縁組は有効であるとのご教示を得ています。その旨を以て私の回答とさせていただきます」という内容であり、結局「貴殿の意向に沿って」とは、養子縁組が有効であるとの貴殿の意向を了承し、その意向に基づいて分割協議しましょうという趣旨であることは、明々白々である。実際、本件相続の争点は養子縁組の有効・無効の一点であったのであり、その状況で小川弁護士より「貴殿の意向に沿って」といわれれば、被上告人としても、相手が縁組の有効を認めたと理解するのは当然のことである。被上告人もこの点は認めている(本人調書九二、九三)。

前述のとおり、被上告人は自分に対し全部遺贈するという遺言が存在すること、そして右遺言があっても実子である上告人らに六分の一ずつの権利のあることを確定的に認識していた。また遺言自体の有効性についてはもともと何の争いもなかったのである。すると、遺言の有効を当然の前提とし、縁組を有効と認めて分割協議しようという申入れは、ゼロの相続分に基づく分割協議の申入れはありえないから、結局上告人らに保障された各六分の一の権利(遺留分)に基づく遺産分割協議の申入れと受け取る以外他にいかなる受け取り方もないのである。被上告人が知的能力の劣った理解力の乏しい人間であれば格別、その手紙をみれば、その文字の正確さ、語彙の豊富さはもとよりのこと、その文章は達意の文章であり被上告人の学識の高さと理解力の深さを示している。また被上告人は自営の仕事をしており、理財に敏感な人である(被上告人は、原審において裁判官の熱心な和解の説得にもかかわらず――三回の和解期日が開かれた――頑に分割を拒絶した)。このような人が甲第六号証の手紙の内容がわからない(本人調書九五)といっても、とうてい信用できるものではない。しかるに原判決は「被控訴人が、右手紙を受け取ったことによって、控訴人らが遺留分に基づいて遺産分割協議をする意思を有していると予想することは困難である」と判示した。常識を著しく逸脱した判断といわざるをえない。

5.学説・判例

遺産分割協議の申入れや遺産分割調停の申立てに黙示の遺留分減殺の意思表示が含まれるか否かについて、学説は、減殺意思肯定説が通説である(相続判例ガイド・松倉耕作他・有斐閣平成八年二月二五日初版)。たとえば、一人の相続人に全財産の包括遺贈がなされた場合に他の共同相続人が遺産分割の申立をした事件について、減殺の意思表示を含むと解するのは、減殺請求をしなければ遺産分割請求もなしえないので、遺産分割は減殺請求権の行使を前提としているという点から、むしろ当然のことというべきである、とする(新注釈民法(二八)四五二頁・中川淳)。全遺産を遺贈する旨の遺言が無効であることを前提として遺産分割の申立てがなされた事件について、遺言無効の主張に減殺の意思表示を含んでいるとし、その根拠は、遺言無効の主張も相続への参加を主張するものであり、減殺請求と目的を同じくしている、大いなる主張(遺言無効)のうちに小なる主張(減殺請求)が含まれるとする(高木多喜男・相続法五五九頁)。遺留分を侵害するような処分がなされているときに、本来の相続分での遺産分割を求めているときには、減殺の意思表示も含まれているとみてよい、大は小を兼ねる(新家事調停読本・加藤永一・五五四頁)。右のような学説の通説からすれば、本件の場合、当然減殺の意思表示が含まれると認められる。

判例はどうであろうか。遺産分割の申立て等に減殺の意思表示を認めたものとして、福島家審昭和三七・四・二〇(家月一四巻一〇号一七〇頁)、名古屋高決昭和四五・一二・九(家月二三巻七号四四頁)、京都地判昭和六〇・四・三〇(金商七二一号三二頁)等があるが、高松高決昭和四〇・三・二七(家月一七巻一二八頁)及び東京高裁平成四・七・二〇判決(判時一四三二号七三頁)は減殺の意思表示が含まれることを否定している。しかしながら、右高松高決は、傍論で「遺贈を認めたうえで、遺産分割の申立をするのであれば、かかる申立に減殺請求の意思ありと考えうる余地はある」と判示し、右東京高裁判決も次のとおり説示している。「遺産分割協議の申入れや調停の申立てが黙示の遺留分減殺の意思表示を含むものとみられる場合もありうるであろう。例えば、相続人の一人に全遺産が包括遺贈された場合に、他の相続人が右包括遺贈を受けた相続人に対し遺産分割の協議の申入れや調停の申立てをしたときは、右包括遺贈が無効でないとすれば、理論上遺留分減殺をしなければ遺産分割の余地はないのであるから、もし遺贈の効力を争っていないのであれば、右遺産分割の協議の申入れ又は調停の申立てに遺留分減殺の意思表示が黙示的に含まれているとみてよいであろう」

本件は、まさに右東京高裁判決が遺産分割協議の申入れに減殺の意思表示が黙示的に含まれているとみる場合である。

以上のとおり、原判決が遺産分割協議の申入れに減殺の意思表示が含まれないと判断した点には明白な理論的誤りがあるし、また、被上告人において右遺産分割協議の申入れに減殺の意思表示が含まれると予想することはできなかったと判断した点には著しい経験則違背がある。

二、原判決は書留内容証明による遺留分減殺の意思表示の到達につき法律の解釈を誤った違法があり、その判決に影響を及ぼすことは明白である。

1. 到達の意義

民法は、隔地者に対する意思表示は、その表示が相手方に到達した時に効力を生ずると規定しているが(九七条一項)、同条にいう到達とは、相手方本人ないし同人から受領の権限を付与されていた者によって受領され、あるいは了知されることを要するものではなく、それらの者にとって了知可能な状態におかれたことを意味する、と解するのが通説・判例である。この見解は大審院当時からの判例理論を踏襲したものであるが、たとえば大審院昭和一一年二月一四日(民集一五巻一五八頁)は「到達とは相手方を当該意思表示の内容を了知したることを指すに非ず事物普通の順序に於いてその内容を了知するを得る状態にまで意思表示を置くこと換言すれば、すでにその状態に置かれたる以上相手方において早晩これを了知することは一般取引の事例上期して之を待つに足ること意味す」と判示している。

ところで、右の「内容を了知するを得る状態にまで意思表示が置かれたかどうか」の判断は、いうまでもなく一種の法的評価(価値判断)であり(伊藤滋夫・事実認定の基礎・甲二一号証一二頁)、現実に受領したかどうかの事実認定をすれば足りる問題ではない。

また、内容を了知するを得る状態にまで意思表示が置かれたかどうかを判断するについては、当該意思表示のなされることが予想されたかどうかの点と意思表示の置かれた状況の下で意思表示を受領するのにどの程度の難易があるかの二点がとくに重要である。言い換えれば、意思表示の内容が相手方において確実に予想できるものであれば、表意者から意思表示がなされたことを知るだけで、その内容を了知しなくても到達を認めてよいし、逆に、意思表示の内容が相手方において全く予想できないものであれば、相手方又は相手方に交付することが一般的に期待される関係の者に受領されることが必要であろう。

2.被上告人の認識

前述のとおり、上告人らは被上告人に対し、平成六年二月以降継続して、延子の遺産に対し分割請求をする前提で行動してきた。そして、同年九月一四日付の手紙(甲六号証)で遺産分割協議の申入れをしたが右申入れに遺留分減殺の意思表示が含まれていることは前述のとおりであり、また被上告人にとっても右手紙をみれば、上告人らが六分の一の権利に基づく遺産分割協議の申入れをしてきたことは容易に理解できるところであった。右手紙には、小川弁護士へ連絡するよう依頼してあったが、被上告人より連絡がないので、小川弁護士が被上告人宅へ電話したところ、女性(天野トミ子と思われる)が出て被上告人は不在であるといったので、連絡を再度依頼した。しかし、その後も被上告人から連絡がなかった。

右のとおり、結局被上告人は、上告人らの遺産分割協議の申入れを黙殺したのである。そして右申入れを黙殺すれば、上告人らの従前よりの行動よりして、さらに明確な形で同様の請求をしてくることは火を見るよりも明らかであった。すなわち、繰り返していえば、被上告人において、自分に全遺産を遺贈するという遺言があること、その場合もなお実子二人は遺産に対し各六分の一の権利を有することの認識があり(まさに遺留分の認識である)、上告人らがこの権利に基づいて自分に対し分割請求してくることは確実に予想できる状況であった。このような状況であったこと加えて、差し出された郵便が内容証明であること、その時期が延子の死亡の日から一年に差し迫った時期であること、差出人が小川弁護士であること等の事情が加われば、その内容が右六分の一の権利の行使であることは一〇〇パーセント察知できたといわねばならない。

さらにまた被上告人は、早い時期に弁護士に相談し(甲一九号証)、また甲六号証の手紙を受け取った後平野弁護士に相談し、遺留分について聞いているのであるから(本人調書九六、九七、一二八)、なおさらである。

このように、被上告人がきわめて容易にその内容を察知できたという明らかな証拠があるに拘らず、原判決は「現実に受領していない以上。……了知することができたとはいえない」と判示している。これは、判例通説の考え方にも反しているし、被上告人においてその内容が予想できなかったという認定は全く常識を逸脱した判断といわざるをえない。

さらに、被上告人が内容証明の内容を予想できたという事実は、端的に被上告人の差し出した手紙(甲一六号証)によって裏付けられる。この手紙につき、被上告人は、内容証明を受け取れないことの詫び状であるとか(本人調書五三、一〇一)、内容証明に対するものではなく、その前の小川弁護士の手紙に対する返事であるとか(本人調書一〇〇、一〇二、一〇三)供述しているが、その前の小川弁護士の手紙(甲六号証の手紙を指す)に対しては、前述のとおり被上告人は何の連絡もとらず黙殺したのである。にも拘らず前の手紙に対する返事であるなどと強弁するのは、内容証明に対する返事であることを認めれば自分に非常に不利になることがわかっているからである。この点につき、第一審判決は、「この内容証明郵便を受領しなかったことにつき、被告は、同年一一月七日、原告ら代理人に対し、多忙なために受け取ることができないでいる旨を述べ、これに加えて遺産分割するつもりはないとの趣旨を述べた書面を郵送しており、……そうすると原告主張のように、被告は、右内容証明郵便が原告ら代理人より差し出されたものであることを認識し、その内容が本件遺産の分割に関するものではないかと推認していたものと認められる」と判示している(判決一七頁)。

第一審判決は、右に引用した部分に限り相当である。被上告人が甲一六号証の手紙で意図したところは、甲七号証の内容証明の返事として、遺産分割を断ることであった。すなわち右手紙には、「尚分割の件に就きましては、故人の生前の強い遺志――全遺産を被上告人に遺贈するという遺志――を了解してもらうより道がない」旨述べられている。したがって被上告人が右内容証明が遺産分割請求を内容とするものであることを認識していたことは明白であり、また繰り返して述べたように被上告人が上告人らに各六分の一の遺留分があることを認識していたことも明らかであり、さらに、被上告人の供述によっても、右内容証明が来た当時六分の一を上告人らにやりたくないという気持ちであったことも明らかであり(本人調書一一五)、故に右遺産分割請求を内容とする内容証明が各六分の一の遺留分の権利行使であることを当然に認識していたわけである。したがって結局、被上告人が右内容証明が自宅に配達されたことを不在配達通知によって知ったときに、遺留分減殺の意思表示を了知したと評価することができる。

3.被上告人は内容証明を受け取る必要性を感じなかったこと

本件は右に述べたように、端的に意思表示が了知されたと評価できる場合であり、受領の難易について検討する必要は少ないと考えるが、念のためにこの点を検討する。

被上告人は、甲七号証及び甲八号証の内容証明が差し出された当時仕事が多忙のため、郵便局に受け取りに行く時間がなかった旨主張、供述しているが、小川弁護士は二度内容証明を差し出しており、その保管期間中、全く受け取りに行く時間がなかったということもにわかに信用できない。しかし仮りにそれが事実であるとしても、被上告人の自宅には、延子の下で三十年以上勤務していた天野トミ子が引き続き働いており(本人調書七七、一二三、一二四)、同人の居る時に再配達するよう連絡すれば、そのとおり配達されるのであり、その旨の連絡は電話ですればよいのである(甲二六号証)。あるいは右天野を代理人として郵便局で受け取ることもできるのである(甲二六号証)。要するに、ほんのわずかの労力で受け取ることができたのである。にも拘らず被上告人がこのような手段をとらなかったのは、内容証明の内容がわかっているために、受領の必要を感じなかったからにほかならない。

原判決は「控訴人らは、被控訴人の自宅の所在地を知っているのであるから、直接被控訴人宅に出向いて、遺留分減殺の意思表示をするなど他の方法も可能であった」と判示しているが、右に述べたとおり被上告人がほんのわずかの労力で――電話を一本かけるだけで――受け取ることができるのに対し、上告人らに対し、(被上告人の言い分によると)早朝自宅を出て夜遅く帰宅する被上告人の自宅に出向いたり、訴訟を提起したりすることを要求することは過重の負担を強いることであり、著しく権衝を失している。

また、前述したような交渉経過があり、また内容証明に対して被上告人から返事まで受領した事実等からして、被上告人に対する遺留分減殺の遺志表示としては、常識上なすべきことはなし終わったということができるし、上告人らとしてもそのように考えて、訴訟提起等の手段をとらなかったのは当然のことである。

4.判例・学説

(一) 到達に関する判例については、平成八年一月一八日付原告準備書面及び同年一〇月二三日付控訴人準備書面において詳述したが、さらに敷衍する。

① 大審院昭和九・一一・二六(新聞三七九〇号一一頁)は、本人のかつての同居先に、催告及び条件付解除の通知書が郵便配達されたが、本人がその場所を時々来訪し、また二、三の通知につき同所宛のものが現実に受領され到達している事情があった場合、到達を認めた。

受領の可能性という点では、本人が郵便の配達されたことを知っており、かつ電話一本かければ受領できる本件の方が、右判例よりはるかに可能性が大きい。右判例の場合は、本人がその場所を時々来訪するにとどまり、早晩そこに来訪する蓋然性を認めるに足りないからである。しかし、この程度でも判例は到達を認めているのである。

② 前掲大審院昭和一一・二・一四は、賃貸借契約解除の内容証明を、内縁の妻が本人不在を理由に受領をせず、その後も郵便局員が名宛人帰宅の節は通知ありたき旨並印章を預かり置き本人不在にても受領し得べき手配をされたき旨を告知したにも拘わらずこれに応じなかったケースであるが、名宛人が長距離の旅行に出て帰宅の時期がわからないわけでもなく、まして失踪して所在不明でもなく夜は通常自宅に帰っていた場合には、本人の内縁の妻にして之と同棲するものに対し当該郵便物の受領を求めたる以上表意者としてなすべきことはすでになし終わったと判示している。

右判例が到達を認めた理由は、右内容証明の受領を求められ、また受領の手配をするよう告知された者が本人と同棲する内縁の妻であり、かつ本人は夜自宅に帰るのが普通であったから、本人が内縁の妻より内容証明の件を伝えられるのは確実であるという点にある。そうすると、内容証明が毎日本人の帰宅する自宅に配達され、かつ不在配達通知によりそのことが知らされた本件と同様のケースであるといえる。右判例の場合、内縁の妻が郵便の差出人を知り得たかどうか分明ではないが、本件は差出人を知り、かつ返事まで出しているのであるから、右判例以上に到達を認めやすいケースといえるのである。

③ 東京地裁平成五・五・二一(判例タイムズ八五九号一九五頁)は、賃貸借契約解除の意思表示の到達につき、内容証明郵便が名宛人の不在により受領されない場合、郵便配達員は不在配達通知書を名宛人方に差し置き、その受領を可能にしているものであるから、右内容証明郵便は、特段の事情がない限り、留置期間の満了により名宛人に送達したと解するのが相当であると、判示した。

右判例の場合、内容証明を受け取りに赴かなかったのは、右判例が認定するように差出人に対し敵対的な感情があったのかもしれないが、内容証明の出される二〇日前に名宛人は賃料の支払を催告する書面を受け取っており、この書面により内容証明の内容を察知したためとも考えられる。本件においては、被上告人は内容証明の前に遺産分割協議の申入れの書面を受け取っており、従来の交渉経過と右書面により内容証明の内容を察知したため、受け取る必要もないと考え受け取りに赴かなかったのである。

(二) 学説

内容証明郵便が受取人不在により郵便局に留め置かれ、留置期間経過によって差出人に還付された場合、学説の多くは到達の効力を認めている。肯定説は、内容証明が配達された場合受け取るのが通常であり、またそれが世間常識であるということが根拠になっている。そして、到達したかどうかの認定は、当該意思表示に関わる諸事情を総合し常識的にみてどの程度のことをすれば到達といえるかの価値判断であり、一般的には、「通常は内容証明を受け取るという」慣行・常識が原則になるのである。したがって、一義的に受領義務がないことを理由に到達を認めない見解にはくみすることができない。

また、到達の認定を表意者に厳しく判断するとすれば、立証の不利はあるものの、不在でも配達される普通郵便で出した方がよいということになる。そうすると、内容証明という普通郵便よりも慎重な手続を選んだ者が不利益を被るという不合理な結果になる(同旨、松久三四彦・判時一二五三号一九二頁)。

次に述べる見解は、きわめて常識的な見解であり、本件はこの見解によれば当然到達を認めることになる。

「郵便局員が受取人方に差し置くいわゆる不在配達通知には、近時郵便物の種類はもとより、差出人の氏名まで明らかにする取扱いになっているのであるから、その差出人の氏名等から当該郵便物がいかなる契約に関するものであるかなどを、不在であった相手方において推認できる場合も多いと思われ、したがって、このような場合、取引の慣行や社会通念上、相手方に郵便局へ受領に出向くこと(あるいは電話連絡によって再配達を求めること)を期待することは強ち過度な要求とはいえないであろう。そうとすれば、正当な事由によって受領に出向くことが不可能であったこと(例えば、留置期間中を通して不在であったことや不在配達通知が届いていなかったことなど)を相手方において立証しないかぎり、到達を認めて差し支えないものと考える(注解判例民法総則――青林書院・平成六年九月一〇日初版――三九六頁以下)(同旨、家近正直・判例タイムズ四一一号六頁)。

以上述べたとおり、原判決は、到達についての判断においても、著しく経験則に違背しており、破棄は免れないものである。

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